エス弁 | 〜多様な幸せ、生き方弁当〜

元エンジニア、次世代マンガ家の場所を創る(前田雄太:株式会社まんがたり)

株式会社まんがたりの代表、前田雄太さん。インタビューはzoomを利用しオンラインで行いました。

「好きなことを仕事にしたい」と思ったことはありますか?または「自分のやりたいことがわからない」と悩んだことはありますか?
今回インタビューした前田雄太さんは現在、『株式会社まんがたり』という会社を立ち上げ”次世代マンガ家の活躍する場所をつくる”ために日々奮闘しています。マンガが大好きで、日常的にマンガに触れていた前田さんですが、『まんがたり』を始める前はエンジニアとして働きながら自分探しにたくさん悩んだ過去がありました。そんな前田さんが自分らしい道のりを見つけるまでの奮闘と、これからのマンガ業界についてお話を聞いてみました。

やりたいこと探しのエンジニア時代

ー前田さんは『まんがたり』を始めるまで、どんなキャリアを積んでいらしたんですか?

前田
前田

僕は九州出身で、大学は九州工業大学に進学しました。
なんとなく、理系が得意だったので選んだんですけど、大学に入ってから「数学好きじゃないな、自分」と気付いてしまって(笑)
僕が進学した九州工業大学は地元では優秀な大学で、就職先のほとんどを推薦が占めていました。天邪鬼なところがある僕はそこでも「推薦を使わずにベンチャー企業を受けたい!」なんて思ったんです。
自分の力を試してみたいというか。何がやりたい、というのはわからなかったんですけど、むしろそれを見つけたいなと思って。

業界問わずに10社ほど受けたんですが、そのうちの1つ、株式会社ワークスアプリケーションズに就職します。

ーそれで上京されるわけですね。

前田
前田

はい。
ワークスアプリケーションズは会社説明会で、当時の代表の牧野さんのお話に感銘を受けて決めたんです。

「高度経済成長が終わり、大企業で働ければ人生安泰というのは難しくなった。ゼロからイチを生み出す問題解決能力スキルは、どこの会社でも必要とされる。うちの会社なら新卒でも、答えのない難しい仕事に挑戦できることで、そのスキルを伸ばせる。そして30歳になったら全員会社を辞めて、ぜひそのスキルを使って、社会課題を解決する起業をしてほしい。
この話を聞いても大企業が良いと思ったら、うちに来ないほうが良いだろう。ただ、選択肢があることを理解してほしい。」というようなお話をされていました。

牧野さんの強気な発言と、実際にここでなら自分のスキルアップができそうなところに惹かれました。やりたいことも見つかるだろうと。

ーそこでエンジニアとしてキャリアスタートしたんですよね。

前田
前田

そうです。会社に入ってから開発の技術を学び、業務系の基幹システムの開発などを扱っていました。8年ほどそこで経験を積みます。

ただ、就職当時は「全力で3年働いたら自分が何をやりたいか見える」と思っていたんですが、見えなかったんですよ。(苦笑)
「やりたいこと」って、なんとなくでは見つからないんだなと感じましたね。ちゃんと、見つける気で考えないと、自分が何をやりたいのかはわからない。

そこからは自分探しの旅のように…ワークスで働きながら、人に教えるのが好きだから=教師だ!と考えて通信制の大学で教職を学んだのですが、勉強が大変で挫折してしまったり。
モンゴルのNGOでプロボノスタッフもやりましたけど、やっぱり働きながらだとハードで続かなくて。
そんな日々を送りながら2017年末、31歳の時にワークスアプリケーションズを退職しました。

自分が「なんとかしたい」と思った。過酷な漫画家の世界

ーそれで次に目をつけたのが”マンガ”だったと。
そもそも前田さんとマンガとの出会いって?

前田
前田

僕は子どもの頃に読んだ『ドラゴンボール』ですかね。

その頃から今までずーっと、どんな時もマンガは日常に欠かせないものになっていて。

僕は人への興味や好奇心が強いタイプなんです。
会ったことない、見たことない世界にすごく惹かれる。マンガはそういう出会いを簡単にもたらしてくれるし、たくさんのことを教えてくれる。海外旅行も大好きなんですが、僕にとっては海外への一人旅と感覚が似ていますね。

ーなるほど。確かにマンガはいつでも気軽に異世界へトリップできますよね。
それで、マンガをビジネスにしようと思ったのは?

前田
前田

ちょうど会社を辞める半年前くらいに、漫画家の卵と出会う機会があったんです。
アシスタントとしてプロの先生のもとで原稿を手伝いながら、自分で出版社に持ち込んだ作品が受賞して担当さんがついたばかり、というような方でした。

マンガが大好きだった僕は、色々興味で話を聞くうちに、漫画家の世界のハードさをなんとかしたいと思うようになって・・・。

ー漫画家の厳しい世界について教えてください。

前田
前田

漫画家として成功してご飯を食べていける人っていうのはわずか3%程度と言われています。100人の社員がいる会社として考えると、社長と副社長+1人くらいしかご飯食べれてないってことになるんですよ。

ー会社として考えるとその厳しさがよくわかります。
そもそも漫画家さんってどんな風にお金を貰ったりお仕事しているんでしょうか?

前田
前田

人にもよりますが、ある週刊誌の漫画アシスタントさんの1日で考えると9時ぐらいから仕事を始めて21時とか22時くらいまで原稿を手伝います。その間、休憩は昼に15分、夜に30分ほど。これを週4日。漫画家の先生になればアシスタントが帰った後も原稿作業してるでしょうからもっと睡眠時間は削られていきます。週刊誌は毎週、締め切りがありますから実質休みはほぼ無いですよね。

原稿料は1ページいくら、という感じで決まります。
1ページ1万円で良い方でしょうか。1話18Pで連載した場合、月に72万円もらえるわけですが、アシスタントさんを4人雇って日給1万円払えば、週4日来てもらって人件費は月に64万になります。残った分で家賃・光熱費の支払い、道具代なんかを払えば自分の生活がいかにカツカツかは・・・

ーというか、赤字ですよね。

前田
前田

はい。

印税収入も連載が続いて単行本が売れてはじめて発生しますし、もちろん単行本出す前に連載が打ち切りになってしまう場合もあります。

アシスタント時代はマンガのスケジュールを優先していると深夜のコンビニバイトや日雇いくらいしか選択肢はありません。それで10年、漫画家としてデビューを夢見て頑張って、それでも叶わなくて、再就職しようにも30歳半ばで社会人スキルも無いとなると・・・という人もザラです。

ーうーん。ハードな世界ですね。漫画の世界に限った話ではないけど、華々しい成功の裏側にはかなり厳しい現実が必ずあって。

前田
前田

そういう現実を目の当たりにした時に、僕がなんとかしたいと思ったんです。

次世代マンガ家とは?

前田
前田

マンガは今の時代、なにも出版社からエンタメとして出版されるだけではなくて。
広告ツールとして最近はとても注目されています。

ー子ども向け通信教育の案内冊子とかに載ってるマンガが思い浮かびました。

前田
前田

そうですね。
興味喚起や営業の導入なんかにすごく効果的です。興味のないことでもマンガにしてあると見てもらいやすかったり。文章だと説明的になっちゃうところも、マンガにしてあることでその世界に入りやすかったりします。

今まではBtoCのサービスで広告マンガが多かったんですけど、『まんがたり』はBtoBやスタートアップ向けに広告マンガを手掛けさせたら日本一だと思います。

『まんがたり』は”次世代マンガ家”という言葉を掲げていて。
週刊誌や月刊紙で連載するだけがマンガではない。さっきもお話したように、厳しい世界に身を置いている漫画家さんのスキルの幅を広げていきたい。

漫画家の芸能プロダクションのような。
どうやったら「マンガを描くことに集中してもらえるか」それを大事にしながらサポートしているのが『まんがたり』です。

ー今『まんがたり』はどんな組織なんですか?

前田
前田

契約している漫画家は5人です。
クライアントの要望に合わせて、マンガ広告を描いてもらっています。

スタッフ側は僕以外、業務委託でディレクター2人、デザイナー1人、インターン生が1人。まだまだ駆け出しの組織なので、マンガ好きの会計士さんが時々ボランティアで手伝ってくれたりなど、ご縁で助けられていることも多いです。

これからの、まんがたり

ー今後の『まんがたり』の展望は?

前田
前田

海外展開もしていきたいですね。
マンガがこれだけの地位を築いているのはやはり日本だけ。
大人も真剣になってマンガを読むのは日本くらいです。
まだまだ世界の基準ではマンガは子どもかオタクのものという認識が一般的です。
ところが最近アジア、中国や韓国では結構日本に近い感覚でマンガが日常に浸透してきていて。
こうやってマンガを日本から、世界のスタンダードにしていきたい。『まんがたり』だけじゃなくて、マンガ業界全体で取り組んでいきたいです。


実際に、過去には海外からの案件も担当しました。

以前、アフリカのジャングルで開催するゴリラツアーの案件があって。ツアーに際しての注意事項とかをマンガで説明するんですけど。言語がわからなくてもイラストが入ることによって伝えられたりするので、観光ガイドの分野でもマンガの可能性を感じましたね。

ーこうやって、前田さんはマンガという夢中になれるものを見つけられたんですね。

前田
前田

そう。エンジニア、教師、NGOスタッフ・・・遠回りはたくさんしましたけど後悔はしてない。
『まんがたり』も個人的には「これかな?」と思ってはじめました。やってみて実際に、今もモチベーションが落ちずにずっと毎日楽しいです。
やってみて、自分のモチベーションが落ちなければ、それが現時点で一番やりたいことなんだ、って自問自答する方法で、「まずはやってみる」ということがおすすめです。

好きなことを転々としていてもいいんです。
いつか誰でも必ずモチベーションが落ちずに追いかけ続けられることが見つかるはずです。

「やりたいことを見つける」って、好きなものへの情熱もそうですが、自分の”今”に納得しているか?と常に問い続ける姿勢がすごく大事なのかもしれない。前田さんのお話を聞いていて改めてそう感じました。
これからの株式会社まんがたり、マンガの明るい未来に期待が膨らむインタビューになりました。

前田 雄太(まえだ・ゆうた)
マンガ家芸能プロダクション:株式まんがたりを起業。 マンガが好きすぎてキャリアと全然関係ない広告マンガ事業に挑戦。ぴったりのおすすめマンガを伝える「マンガソムリエ」も実施中。■マンガでよめる「創業のきっかけ」 https://note.com/mangatari_maeda/n/nee0887c78640

日本を飛び出して気づいた、ありのままの自分でいることの大切さ(齋藤真帆:株式会社Vivid Creations)

Vivid Creationsのオフィスが入るビル屋上から。奥にはマリーナ・ベイ・サンズが見えます。

シンガポールから、日本を元気にしている会社があります。
株式会社Vivid Creationsは、日本企業がシンガポールでコンテンツを展開するためのプロモーションやマーケティングを現地でサポートする会社。従業員わずか10名の小さな会社ですが、日本のビッグクライアントを抱えこれまで数々のヒットをシンガポールで生み出してきました。そんなVivid Creationsの創立者であり、現在も代表取締役ながらメンバーと一緒に現場で仕事をこなしている齋藤真帆さん。ちょっとネット検索すれば過去にたくさんのインタビュー記事が出てくる敏腕経営者です。
今回は齋藤さんのパーソナルなストーリーに焦点をあて「働く」ことについて一緒に考えてみたいと思います。

”何者かにならなければいけない”日本が窮屈だった

−真帆さんは26歳のときにシンガポールへいらしたそうですね。
ここで起業しよう、と明確にビジョンを描いていたのはいつ頃からだったんですか?

齋藤
齋藤

実は起業しようとかは全く考えていなくて。とにかく「日本を出て海外へ行こう」ということしか考えていませんでした。

−そうなんですね!

齋藤
齋藤

大抵の人がそうであるように、私も当時は”海外に出ることがゴール”になっちゃってましたね。

−でも、その気持ちはわかります。海を越えて暮らすだけでハードルが高く感じるというか。

齋藤
齋藤

私が逆になぜ「日本で起業」という選択肢を持たなかったかというと。

日本で”女性起業家”や”女社長”って聞くと何となく「強い女性でないといけない」というイメージがありました。
「男社会で頑張らなきゃいけないのよ、私たち」というような。
とくに私がまだ20代前半だった時の日本は今ほど女性の社会進出もされていなくて。

だから女性が会社を経営していくというのは、精神的にも肉体的にも相当大変なことなんだろうくらいにしか思っていませんでした(笑)

−実は私もまさしくそんなイメージを、真帆さんに今日お会いするまで持っていたかも(笑)
ではなぜ、起業するに至ったんですか?

齋藤
齋藤

シンガポールに来てからの環境ですかね。チャレンジしたくなる、というか。

私は日本にいた時に相手をプロファイリングする感覚にすごく違和感を持ってたんです。
初対面の人に「おいくつですか?」「出身はどこですか?」「何してる方ですか?」って聞くでしょう。

それから、年上の人には必ず敬語を使うべきだとか、同郷だったら話が合うねとか。

まず”相手が何者なのか”を把握してから会話が始まり自分の態度を決める、マウンティングみたいなものを感じていて。

−うーん、わかるかも。

齋藤
齋藤

大学生の頃からそれは始まっていて。例えば何を学んで、どこへ就職するのか?というようなこと必ず日本の学生は会話しますよね。

一方でシンガポールは新卒っていう考え方がないんです。
みんな卒業してからやりたいことを考えます。それはシンガポールの独特な環境(家賃が高いので結婚するまで親と同居するのが当たり前など)も後押ししているものなんですけど。

日本だとみんな新卒で”何者かにならなきゃいけない”、”何かを目指さないといけない”暗黙のルールのようなものがありますよね。

私も当時その見えない重圧をすごく感じていました。”何かにならないと社会に存在してはいけないんだ”くらいに。

それで必死に色んなことをやってみるんだけど、どれも中途半端に終わってしまうんです。

その度に「私って本当にダメな人なんだ」と落ち込む。
その横で「私はお医者さんになります」と言って医大へ行く友人がいて、私は「あの子偉いなぁ。すごいなぁ。」ってさらに落ち込む。すごく辛かったですね。

−似たような経験が私にもあります。

齋藤
齋藤

ところがシンガポールへ来たら、誰も私に最初から「何歳?」「どこから来たの?」って聞かないんです。すごくそれが心地良くて。ありのままの自分でいいんだなって思えた。

シンガポールの若者は、さっきの新卒の話もそうですがよくも悪くも少しのんびりしているところがあります。クレイジーな経験をしている子も少ないんです。

彼らと話すうちに、日本にいた時に自分が手当たり次第いろんなことにチャレンジした経験が、自分の中でやっと認められた感覚がありました。
中途半端で取り留めもない経験にしか思えなかったけど、改めてこれまでの自分を誇りに思えたんです。

こうなると、「何かにチャレンジしてみようかな」という気持ちがムクムクと湧いてくるんですよね。

−どうやってやりたいことを見つけたんですか?

齋藤
齋藤

今はたくさん美味しい日本食もありますが、当時(2009年)のシンガポールで”日本食”と言えば、唐揚げとか天ぷらが乗っている風変わりなラーメン屋くらいのもので。

コスメもそうです。日本には良いコスメブランドが多くあるのに当時は全然こちらに輸入されていなかった。

日本の感覚だと”海外のモノ”とくに”アジアのモノ”って少し敬遠気味の姿勢ですよね。
それに、日本の市場はMade in Japanの良いモノで溢れていて、飽和状態。

逆にシンガポールは外資で経済発展した国ですから”海外の良質なモノ”ウェルカムなんです。

この需要と供給をマッチングさせたら面白いんじゃないかって思ったのがきっかけです。

−シンガポールの経済成長のタイミングも手伝ったんでしょうか。

齋藤
齋藤

よかったですね。
当時、気軽に申請したら永住権もすぐ手に入りました。
今や億万長者でも簡単に手に入らないですよ。

母としてシンガポールでの生活を選んだ理由

−ご結婚もこちらで?

齋藤
齋藤

そうです。
シンガポールへ来てすぐに知り合ったオーストラリア人の方と。
彼はジャズドラマーなんですが、シンガポールから芸術分野の発展の為に招致されていて、こっちの音大で講師をしています。

起業には彼の影響もすごく大きかった。
自分の好きなことをして暮らしている彼にたくさん刺激を受けました。彼も私のやりたいことをとても後押ししてくれました。

−なるほど。そうやってVivid Creationsが始まったんですね。
その後、東京にも拠点を作る為に一度日本へ戻られていますよね?

齋藤
齋藤

はい。

シンガポールに来てすぐ彼と付き合ったんですが、
起業前のシンガポールに移住して2年くらい経つ頃、二人で「他の国へ行ってもいいね」なんて話をしていた時期がありました。

というのも、シンガポールには娯楽があまりなくて。
歴史の浅い国だからサブカルチャーやアンダーグラウンドなアートがまだ醸成されていないんですよね。

私たちは二人ともそういうサブカルチャーが大好きだったから、刺激がなくて感性が鈍る!と(笑)
彼は昔から憧れていた”東京”へ行きたがっていました。

ところがこっちで起業することになり、やりたいことが見つかった私にはそれがいい刺激になって(笑)彼には申し訳ないけど「帰りたい」気持ちはまた遠のいていましたね。

シンガポール国内でのビジネスが軌道に乗り、東京に拠点を作った方が動きやすそうだということになったタイミングで、ようやく日本に戻ります。

−でも、そのまま日本には留まらなかったんですね。

齋藤
齋藤

東京には3年いて、結局シンガポールに戻りました。
それは、自分たちの考える家族の幸せな在り方が、日本にいたら実現しなかったからなんです。

東京にいる間に息子を出産しました。
保育園に入れないとか、今日本の働くママたちが直面する仕事と育児の両立を私も2年間経験しました。

シンガポールでは家庭にヘルパーを雇用して、共働きすることがスタンダートになっているそうですね。真帆さんはそういう文化をどう考えていますか?

齋藤
齋藤

子どもが生まれる前は、私も夫も「他人に任せるのは違うよね」なんて言ってました。

でも実際に東京で子育てしながら、シンガポールと日本を出張で行ったり来たりする間に考えが変わっていきました。

シンガポールのママ友に会うとみんな本当にキラキラしているんです。美しくいることを怠らず、旦那さんともとても仲良し。

ところが日本に帰ってくると、ママ友はみんな育児と仕事と家庭とに疲弊しきっている人が多い。私もどんどんその一人になっていくんです。

これまで喧嘩なんてしないカップルだったのに、日本にいる間は夫婦喧嘩も絶えませんでした。

日本の多くのお母さんが「人の手を借りてはいけない。それは母としての怠惰だ」という根拠のないプレッシャーを感じながら頑張っている。その頑張りを肯定しなければいけない社会が、私にはすごく不健康に見えました。

子どもにとって一番大切なことは、親がHappyでいることですよね。

自分のHappyを考えたら、私は”仕事も育児も両方やりたい”と思ったんです。
そこで、シンガポールに戻ってヘルパーをお願いするという選択肢を選びました。

−ヘルパーさんと真帆さんの関係はどんなものですか?

齋藤
齋藤

ヘルパーさんは一人目の面接で決めました。今もその方にずっとお願いをしています。

彼女は家族も同然です。一緒に暮らしていて、私よりも家のことを知っているし、息子のこともとても大切にしてくれています。

メイドさんを迎え入れてから1ヶ月くらい経ったある日、夕暮れにそれぞれ家の中で過ごす家族を見て、何も無いのに泣いてしまったこともあります(笑)なんて私は幸せなんだろうって感じたんです。

もちろん、ヘルパー雇用はうまく行かないケースも色々聞きますし、テレビ番組のニュースで虐待や窃盗などの事件が流れたりすることもあります。
あくまで私の場合は良好な関係を築けている、ということです。

ただ、ヘルパー文化がいいか悪いかというより、大切なことは「自分と家族がいかに心身ともに健康な状態でいれる環境を、責任を持って自分で整えることができるか」だと思いますね。

26歳で”社長”になった苦労と学び

−以前、他のインタビュー(*引用元)の中で真帆さんが『日本にいると豊さに牙を抜かれて、下から引っ張られている感覚』があるとお話されていました。
具体的に日本の働き方に感じることについて聞かせていただけますか?

齋藤
齋藤

同調圧力の強さでしょうか。

みんなが同じでなきゃいけない、こうでなきゃいけないと、暗黙のうちに決まっている気がします。それが私は「地に足をつけなさい」と言われて、下から引っ張られている気になるんです。

シンガポールに来た当時の私は、まるで少し宙に浮いている感じでした。
多民族国家のシンガポールでは、バックボーンが多様なので他人が”何者”であるかを正当化する必要がそこまでありません。”誰かでなくてもいい自分”が気楽だったんです。

そういう意味で、日本は非常に”重力の強い国”だと感じます。

良く言えば、日本の伝統文化やアイデンティティは本当にすごいと思います。
シンガポールは(多民族国家であり、外資によって発展してきたから)ごちゃ混ぜになり過ぎていて、「これが昔からのシンガポールです」というのが無いんです。
ある意味、シンガポーリアンはアイデンティティクライシスなんですよね。だからこそ、アイデンティティを形成することに今注力しているように見えます。

−真帆さんが起業時に苦労したことはなんでしたか?それは”シンガポールだったから”でしょうか?

齋藤
齋藤

いいえ。シンガポールで起業したから、ではありません。

私は人とのコミュニケーションが苦労しましたね。
立ち上げ当時は「社長である自分」に囚われていたんです。あれだけ、日本式の「こうでなきゃいけない」思い込みが嫌いで出てきたのに(苦笑)

29歳の私はこれまでマネジメント経験もないし、初めての起業で「リーダー=みんなを引っ張る人」だと思っていたんです。そしてリーダーとは、「命令する人」だと思っていた。「命令」ですよ(苦笑)そして、命令したことができない人には怒るべきだ、とも思ってた。

本当はそんなことしたくない自分がいたのに、そうあるべきだ思い込んでいたんですね。あの頃は私も含めみんな辛そうだった。

−間違ったリーダー像に気づいた時、それを修正するのは大変だったのでは?

齋藤
齋藤

勘違いに気づいた時期が一番大変でもありましたが、同時に学びの時期でした。

結局、やり方を変えたら成果も出るし、みんなHappyになったし、何より私自身がすごく楽でした。

−どうやってメンバーへ想いを伝えるようにしたんでしょうか。

齋藤
齋藤

今まで毎週月曜日のミーティングで「このスタッフにはこれを伝えよう」と頭であらかじめ考えてたんです。
どう伝えたらわかってもらえるかなと、逆に考え過ぎちゃって。

毎日、日曜日は眠れなかった。明日から1週間が始まるのに、日曜日の夜に眠れないって辛いですよね(笑)

−わかるかも。思考が深ければ深い方ほど、何層にも奥に本音が隠れていて。
聞き手がそういうのを分解することが好きなタイプの人ならいいけど、普通は一番外側の層しか伝わりませんよね。

齋藤
齋藤

そう。それで、カッコつけて伝えることをやめたんです。相手にきちんと愛を持って伝えれば、例えネガティブな内容でも気持ちは伝わる。

今までは「それって私には違和感だな、賛成できないな」と伝えたくても、どう「違和感」という言葉を使わずに「賛成できない」と伝えるかにすごく頭を使っていて(笑)

最近は変に回りくどくせず、シンプルに「それって私には〇〇の理由があって違和感がある」と言うようにしています。

働くとは”自分の持てる全てで社会貢献をすること”

−真帆さんにとって、「働く」とはなんですか?

齋藤
齋藤

自分のスキルや強みを使って社会貢献することだと思います。
それに価値を感じてくれるから、対価がもらえて仕事になるわけですよね。

だから最近はまず、社会の中でどうやって自分が貢献できるかを考えます。
そうすると、今の私はVivid Creationsのメンバーを世の中に活かすことが、社会貢献だと思っています。

Vividのメンバーの働きに感化されてまた他の人が社会貢献する。そのサイクルの繰り返しだと思っています。

−シンガポールの合理的な考え方が根付いていると感じます。
同じ質問を日本ですると、もっと感情論や道徳的な言葉が聞こえてくるかも。
でも”価値”や”対価”という言葉の中に温かみもちゃんとあって、真帆さんらしいお答えですね!

ひとりの女性として、母として、経営者として。複数の顔を持つ齋藤真帆さんはスーパーウーマンかと思っていましたが、お話をしてみるとその経歴は悩みながら選択し続けてきた結果が作ったものでした。
日本が大好きだからこそ、時代の変化によって生まれる窮屈さを感じ日本を離れ、シンガポールから日本を良くしようと奮闘する真帆さんに私も元気づけられました。飾らず、ありのままのお話に共感できた方も多いのでは?
今後も齋藤真帆さんとVivid Creationsの活躍が楽しみです。

サリー
サリー
斎藤 真帆(さいとう まほ)
1979年生まれ。神奈川県横浜市出身。大学卒業後、出版局を経て大手メーカー勤務後、2006年にシンガポールの日系企業に就職。シンガポール永住権を取得。2009年に株式会社Vivid Creationsを設立。2014-2016年「シンガポール和僑会」会長に就任。2016年には (一社)東京ニュービジネス協議会「国際アントレプレナー賞」特別賞受賞。


Vivid Creations
Vivid Creations | アジアと世界をつなぐクリエイティブファーム

本当の女性活躍を目指して–スタッフ全員が時短勤務のママでも成果を出す–(谷平優美:株式会社ルバート)

株式会社ルバート(本社:千葉県船橋市 代表取締役:谷平優美)は、「女性が当たり前に活躍できる社会づくり」を掲げ、企業参画活動『ウーマンエンパワー』の主催をはじめ、子育て支援イベントやママ向けの再就職支援セミナーなどを行っています。スタッフ“全員”が子育て中のママであり、時短勤務やジョブシェアなどの働き方でも注目を集めています。
女性の活躍が活発に議論されるいま、株式会社ルバートの見据える先はただ「女性に優しい社会」とは違うようで――。代表・谷平優美さまにお話を聞かせていただきました。

本日はよろしくお願いいたします。はじめに、貴社の事業内容について少し詳しく教えていただけますか?

菅野
菅野
谷平
谷平

よろしくお願いします。
まず弊社は、リアルマーケティングの分野で、地域密着型の子育て支援イベントを開催しています。各地の商業施設などで行う『ママハピEXPO』は、累計75回以上開催・30万人以上を動員しています。このほか『主婦のお仕事フェア』などの雇用創出のイベントなども多く執り行っていますね。
また、『ウーマンエンパワー』の推進活動や、協賛企業の交流会、セミナーなども実施しています。最近は、文化的にも経済的にも、男女ともに長く働ける仕組みに注目する企業が増えているため、おかげさまで現在130社ほどの企業からご賛同をいただいています。

貴社はこのほかにも、さまざまな事業を行われているそうですね。計画中の事業にも、楽しそうなものが色々あるとお聞きしました。

菅野
菅野
谷平
谷平

月20万PVを超える『ママハピ』というウェブメディアの運営や、2万人ほどの会員に向けてのメルマガ配信、さらに女性向けの再就職支援セミナーや、子ども向けのプログラミング教室も開催しています。
今後は商品レビューや発信をしてもらう動画チャンネルやECサイトも計画しています。
また、子どもが気軽に旅行にいけないという声が多いので、「子連れでも羽を伸ばせる」民泊の準備も進めていますね。

面白そうですね! ちなみに、これらの事業の収益モデルについて、お聞きしてもよろしいですか?

菅野
菅野
谷平
谷平

弊社の事業は、基本的にB to Bです。イベントなども賛同・参加企業のブース出展費や広告費によって賄っており、一般参加者は無料なんです。プログラミング教室などは受講料がかかりますが、金額を抑えて気軽に受講できるようにしています。
日本は、将来を担う子どもと、そのお母さんを温かくみんなで見守る文化が弱いと感じています。
特に子どもが小さいうちは、家事・育児によって孤立してしまう人は珍しくない。だから、誰もが安心して情報を得られ、地域・他者と交流できる場を作りたいというのが、事業の根底にあります。

イベントの様子を拝見したのですが、参加者の方たちが皆どこかほっとしたような表情をしていて、とても印象的でした。

菅野
菅野

従業員全員が子育て中のママ

さて、貴社は従業員体制や雇用形態でも、かなり革新的なものを採用しているそうですね?

菅野
菅野
谷平
谷平

在籍している9名のうち、共同経営者の男性1名を除く全員が「子育て中に時短で働く女性」なんです。私自身も8歳と2歳の育児をしつつ、仕事をしています。
また、正社員の仕事を分割しパートタイムでの採用を主にしています。月間60~110時間、9時半~15時くらいまでの時短勤務で働く人が多く、行事や子どもの都合で柔軟にシフトを組み替えられるようにしていますね。事前申請で、子連れ出勤や、リモートワークも可能です。
また、早朝や夜間の対応はアウトソーシングしています。

どのような経緯で、現在の従業員体制や雇用形態を採用されたのでしょうか?

菅野
菅野

ルバートセミナー資料抜粋

谷平
谷平

はじめは弊社も、正社員スタッフ1~2名+業務委託(在宅)スタッフで運用していました。でも、正社員スタッフの監督域が広く業務量に疲弊したり、孤独感を理由に退職してしまうことがあり。それに加え、私自身の家事・育児との両立という課題もあって、既存の体制では時間的にもコスト的にも厳しいと悩んでいました。
そんなとき、再就職したいママたちと話していたら「やりがいのある仕事はしたいが、扶養内で働きたい」という人が結構いて。すごく驚きだったんです。

つまり、年収を意図的に抑えたいということですよね?

菅野
菅野
谷平
谷平

いまの日本では、扶養控除を受けられないと、中途半端に働いても損だと考える人が多いです。かといって長時間の労働と家庭の両立は困難ですし、支援制度や文化も整っていません。税金や労力を加味すると、扶養内で働くのが妥当と考える人も多いです。

「稼げなくていいので、なるべく働きたくない」層や「たくさん稼ぎたい、バリバリ働きたい」層ではなく、この「適度に稼ぎ、子育てに無理をかけ過ぎず働きたい」優秀な”パワーパート”に訴求できるようなテーマと雇用形態を掲げて、求人をすることにしました。

この”パワーパート”層が求めるのは、どんな職場なのでしょう?

菅野
菅野
谷平
谷平

これは、弊社がもっとも重視していることなんですが、「やりがい」×「働き方のバランス」が両立できる職場だと思うんです。特に、子育て中の女性だと労働可能な条件が限られてくるので、どちらかに偏っているか、どちらもない場合が多いんですよね。でも本当は、両方求めていい。これをサポートできるような、より多くの企業や社会の仕組みづくりが必要だと考えています。
ただ、その分高い時間対成果は求めます

この層を採用して人数を増やすのはコストが増えるのではないかと懸念される企業もいますが、時短勤務のスタッフは本人の希望の働き方に合わせて社会保険加入は対応しますので、フルタイム勤務の正社員1人と時短勤務の3~4人のコストは、結果的にほぼ同等でした。人数確保もしやすくなることが周知されれば、企業側もより当事者に寄り添った仕組みづくりに積極的になれるかと思います。

子育て家庭だけでなく介護を理由に働けない層にもアプローチできそうですね。

菅野
菅野

女性たちよ、キャリアを中断するべきではない!

谷平さまご自身も、子育て中の女性の当事者として、働き方に悩まれた時期があったとか。当時、どのようなことを感じたか、お教えいただけますか?

菅野
菅野
谷平
谷平

私は、7年ほど人材業界でバリバリ働いていました。結婚を機に退職し、第一子の出産後にまた働きたいと思ってゆるくスタートしようとしたんですが、それはもう大変でした。
そこそこキャリアがあったのに、家事・育児をしながらでは条件が合わないし、やりたい仕事もなかなか見つけられなくて。前の職場は男女の差が本当になかったので、結婚・出産後にはじめて「家のことはすべて女がするのが当たり前」という文化的な圧力を感じたときは驚きでした。
それでも、早く新しい働き方を確立したいと思っていたので家事・育児をワンオペでこなしながら働いたんですが、待機児童を2年経験したことで、体力的にも精神的にも限界だったんですよね。
日本はライフイベントなどを機に制約ができた人材に厳しくて、当事者たちもそれを我慢してしまっている。このおかしな状況をとにかくなんとかしたくて、具体的な事業のビジョンが立つより先に、会社を興そうと決意したんです。

それは、本当に大変でしたね……。同じような状況だと、働きたい意思があっても「今は難しいから、落ち着いたらにしよう」と先延ばししてしまう人も多いのではと思います。それでも、谷平さまが早く働きたいと思ったのには何か理由がありますか?

菅野
菅野
谷平
谷平

「落ち着いたら」というのは、私の周りでも本当によく聞きますね。でも、”いつか働きたい”なら新しい一歩を踏み出すのはなるべく早い方が中長期ではプラスです。
こういう人は、責任感が強かったり、完璧主義だったり、自信がなかったりする人が多いのですが、先延ばしするほどブランクが長くなるので市場ではどんどん不利になることがあります。
すぐには、理想の仕事が見つからなかったとしても、何か始めることで本当に望むものが分かることがありますし、早い成長にも繋がります。自分が本当に納得できる選択肢とは何なのか中長期で考えることが大切です。
例えば本音では、 働くことに挑戦したいけれど、家族のために我慢をしているなら今すぐ動くべきです。たとえば、万が一、夫が事故や病気で働けなくなったとき、自分にキャリアがあれば幾分もましでしょう。子どもに手がかからなくなったとき、育児だけに打ち込んでいたら自分を見失わないですむという声が多いです。
結婚・出産しても「誰かのために自分を犠牲にする」必要はない時代。だから、 時間配分は子の成長に合わせてとはいえ、母ではなく個人としての自分も大切にしておきたいと感じてきました。

仕事は、経済的な側面のみならず、自己実現や自立などのメリットもある、と。目から鱗でした……!

菅野
菅野

“ジョブシェア”は、社員定着のカギ

さて、就労体制についての質問に戻りますが、時短勤務のスタッフをメインに切り替えたことで、実際どのような変化があったのでしょうか? 

菅野
菅野
谷平
谷平

フルタイム勤務でも回しきれていなかった業務を本当に回せるのか、私自身も不安を感じていました。そこで、試行錯誤しながら、稼働時間が少なくなったぶん時間対成果を上げる工夫は重ねました。

具体的には、どのようなことを?

菅野
菅野
谷平
谷平

業務内容は全て細かいレベルのタスクを可視化し、さらに属人化を避け、“ジョブシェア”を徹底したんです。
たとえば、取引先とのメールにはCCにプロジェクトメンバー全員を入れて、担当者以外も進行を把握できるようにしています。進行中のタスクは定例会議とITツールで管理して、資料は個人のフォルダではなく社内の共有サーバーに置くようにしました。
担当者の不在時にも、誰かがその代わりを担って助け合うので、業務が滞らないんです。
ジョブシェアは社内だけではなくて、早朝や深夜帯、出張などの業務は外注しています。時短の従業員が動けない時間を、むしろ働きやすいライフスタイルを持つ人たち――たとえば、男性も多いですが――に担ってもらったほうが、合理的です。

社内のコミュニケーションで、工夫していることはありますか?

菅野
菅野
谷平
谷平

社内のやり取りは、メールやFacebook、Lineをやめて、Chatwork(チャットワーク)を使っています。ここにはどんな些細なことも書きこむようにし、いちいち状況確認は不要、全員の情報レベルを揃えています。
プロジェクトごとにスレッドを立ち上げているので、履歴を見れば誰もが進捗を把握できますし、小さな疑問や状況を共有できるので、無駄な誤解や指示待ちが無くなりました。
この制度を取り入れたおかげで、弊社は結果的に従業員の満足度・定着率もかなりあげることができ成果の質も上がりました。

ルバート流、従業員育成

高い時間対成果を上げるためには、相応のスキルが必要ですよね。仕事にブランクがある女性が多いなか、どのような従業員育成を行っていますか?

菅野
菅野
谷平
谷平

スキルに自信がないと言う女性は、本当に多いです。
反対に、自分の相場観がない人も多いです。
社会人デビュー後、裁量権もほぼないうちに、結婚・出産などで退職し、しばらく働いていなかったという方でも、本人評価とは裏腹に、ポテンシャルは高い人も多いんです。
だから、はじめは丁寧にOJTを行って感覚を取り戻してもらい、チームでフォローしますし、ビジネスの基本スタンスや経営的な考え方もインプットするようにしています。
私自身も、月1で面談を行って本人の負担や課題を共有し、解決できるように尽力します。そして、弊社の考え方や仕事の仕方を理解できたと思えたら、どんどん裁量権を渡します。進捗は常に把握できているので、私が見ていて「これはさすがに違うぞ」となったらすぐに突っ込めますし、自分で考え判断する力は場数が必要。適切なフォローも必要。これがもっともスキルアップに効果的ですし、なにより重要な「やりがい」を感じてもらえるので。

なるほど! そういえば、貴社はどのように社員を評価しているのですか? 「やりがい」を感じるには、正しく評価されているという感覚も不可欠かと思います。

菅野
菅野
谷平
谷平

そうですね。弊社では、オリジナルの査定シートを利用しています。「判断力」「チーム協働」「主体性」「職務のスピードと質」など20の項目に対し、5段階で評価をつけています。
各業務の担当割合や目標、本人の実感などを話し合ったうえで、基準に沿ってつけた査定シートの評価を半年後に社員に共有します。パート入社で正社員に昇格した方もいます。
本人評価と、企業評価をすり合わせることが大切だと思うんです。半年ごとの査定や月1の面談でも、たとえば本人が頑張っているつもりでも、ここがこうなったらより会社としては評価できた、というように具体的な事例も入れて努力の方向性がずれないように意識しています。
単なる給与や賞与の増減のためではなく、査定は成長してもらうためのものなので。

(査定シートを見ながら)通知表のように項目が細やかですね! これで評価してもらえたら、なんだか嬉しいです。よくある企業の査定って、上司の主観やプロジェクトの運次第で、評価基準が曖昧なことも多いですもんね……。

菅野
菅野
谷平
谷平

仕事の演出だけがうまい人もいると思うんですけど、心証よりも実際の目標達成速度や貢献度で判断したいので、間違った評価をしないよう努力しています。
この評価に基づいた具体的で明確な話ができるので、スタッフの指導をする際にも有用です。

「パートなのに求められることが高すぎる」という人は文化が合わないでしょう。弊社が求めているのは雇用形態に固定概念をもたず稼働時間は最大限の成果を出す方です。実際に「働きやすいのにやりがいと裁量があり楽しく感謝している」と言ってくれる方が活躍しています。

なんとなく、「パート」には「誰にでもできる仕事」というような、少しネガティブな意味合いが含まれてしまっていますよね……。社内での呼称についてなど、何か意識されていることはありますか?

菅野
菅野
谷平
谷平

「パートのおばさん」みたいなイヤな表現で使われたりしますよね(笑)本来は就労形態の名称に過ぎないですし、業務内容も「パート」=「簡単なもの、責任がないもの」という概念ではなく、時間の自由がきくが、働いている時間は雇用形態に関わらず成果を出したいという仕事のスタンスの方を求めています。
意識の統一のためにも、社内や求人では「パートさん」と呼んだことはなく、“スタッフ”あるいは“従業員”という呼称で統一しています。
対社外の説明などでどうしても必要な時などは、就労形態の分かりやすい表現として用いることもありますが、なるべく避けるようにしています。

このほか、社内の士気を高めるために実施していることはあったりしますか?

菅野
菅野
谷平
谷平

シフトが全員揃う日が少ないので、月2回はスタッフ全員でミーティングをしています。
月1でおいしいお店をセッティングして、定例ランチもしますね。時短勤務だと、雑談の時間すら惜しいので、思いきって仕事とは関係ない場所で楽しく話せる時間を設けるようにしていて。
このほか、年2回「ファミリーデー」があります。子どもも一緒に、家族ぐるみでスタッフが交流できるイベントですね。前回は、収穫体験に行きました。チームからのコメントを感謝状にして渡したり、忘年会は時短家電など豪華な賞品でねぎらったりもしてます。

楽しそうですね! 仕事は仕事。でもきちんとメンバー間の結束が成り立つようにしていると感じます。

菅野
菅野

女性スタッフの強みと弱み

仕事をするうえで、子育て中の女性スタッフが大半であるがゆえの強みを感じることはありますか?

菅野
菅野
谷平
谷平

あくまで傾向ですが、細やかで柔らかいコミュニケーションが得意だったり、共感力が高い人は多いと思います。あとは皆、子育て中という同じ環境に置かれているので、互いに助け合おうとする感覚も強いです。ここが、ジョブシェアなどの弊社の働き方にうまくハマっていると感じますね。
もちろん、傾向としてあるだけですべての女性に当てはまるものではないですし、こういう働き方が得意な男性もいると思います。女性が多いゆえのネガティブな面もありますしね。

どのあたりがネガティブな面だと感じますか? 

菅野
菅野
谷平
谷平

要点の整理が苦手で、会話が脱線したり長くなったりしがちです。交渉したり要望するのが苦手な人が多い傾向かなと。女子グループにありがちな、言うべきことをはっきり言えない「馴れ合い」の集団にならないようにしようという話もしますね。
ビジネスの場なので。締めるところはきちんと締められように、定例会議や個人面談で意識をすり合わせています。
あくまで成果あっての働きやすさ。各人がその場でできることをこなしてもらっているんです。今はチームの雰囲気もとてもいいですね。

ルバートの目指す世界

貴社の企業命題は、どのようなものですか?

菅野
菅野
谷平
谷平

現在は我々も当事者ということもあって「子育て中の女性」に働きやすい環境に焦点を当てていますが、弊社の企業命題は『誰もがしなやかに変化し続けられる社会に』なんです。ですから、女性・男性関係なく、どんな状況に置かれた人もそれぞれが求める人生や働き方を追求できるようになるといいなと思っていて。介護や体調、人生観などさまざまな選択によって、現在は退職したり望まぬ状況に身を置く人が多いじゃないですか。いずれは、誰もが状況に合わせて働き方を選べる社会になればいいと思っているんです。

確かに、男女関係なくより自由な働き方が求められていますよね。その点でも貴社の就労体制は多くの企業にとって有用ではないかと思います。

菅野
菅野
谷平
谷平

実際に導入を検討される企業さまから相談を受けることもありますし、再現性のあるものだと思います。まるっきりこのままの形というのは難しいかもしれませんがカスタマイズは可能かと。
ジョブシェアや綿密なコミュニケーションは、ひとりよがりの人が混じってしまうと成立しなくなってしまいますし、仕組みや文化の整備にそれなりに手間はかかります。
けれど、働く人それぞれが求めることをこうやって社会に発信していくことで、企業がそれに応える土壌は少しずつできてきていると思います。

自分の変化がやがて日本を変える

貴社は、『ウーマンエンパワー』などで企業とのかかわりも多いですよね。実際のところ、女性の社会進出についてどのように考えている企業が多いですか?

菅野
菅野
谷平
谷平

正直なところ、男女ともにより働きやすい環境づくりを本気で推進している企業も、なんとなく流行に乗っている企業も、どちらもあると思います。でも、優秀な経営者ほど必要性を感じているように思いますね。なぜなら、働きやすい環境を整備することで、男女ともに優秀な人材を集めたり成果を出せる可能性が高まるからです。
たとえば『ウーマンエンパワー』に参画して「女性が働きやすい」PRをした企業は、男女ともに求人応募数がかなり増えたと聞きました。若い世代の男性は、育休が取れるかを重視する人もいるそうですし、女性に優しいなら男性にも優しい企業だろうと思われやすいんでしょうね。入り口はそういった「儲かる女性戦略」的な切り口であっても、企業に関心を持ってもらえるならいいと思います。

特に、男女平等という文脈の話では、男女のすれ違いやいがみ合いが起こることも多いように思います。どうすれば、互いを理解し合い、よい関係を築くことができると思われますか?

菅野
菅野
谷平
谷平

対立構造をつくってしまうこと自体が不毛ですよね。
ただ恋愛は別として(笑)、仕事の場で性別の話をするのが嫌いだった私から見ても、日本はかなりの後進国です。「男女平等」という概念も「女性を優遇しろ」という話では決してなくて、全ての人が努力に対する相応の成果を手にできる社会で日本の生産性を上げていこうという話なわけで。では、どうやって様々な違いがあるうえで、企業生産性を落とさず不平等を減らすかというと、家庭や企業の努力だけでは不十分で、国が制度をあげて解決すべきだと思っています。

政治的な改革こそが必要だと?

菅野
菅野
谷平
谷平

個人、民間でできることは始めるべきですが、たとえば、少子化が叫ばれるなか、子どもを持つ家庭ほど困窮・疲弊するのであれば子どもを産みたい人は減るに決まっています。扶養制度の条件や、幼稚園と保育園が分かれているのも合理的ではありませんし。
怒りの矛先を、見えるもの――たとえば、家族とか会社とか、異性とか――に向けがちですが、大事なのは社会構造を改善していくこと。
当事者が声を上げれば、理解が進み、危機感やメリットを感じれば企業や行政も動くでしょう。
東京都も再就職支援に力を入れ始めており、弊社も運営に関わっています。まずは、声をあげないといけない。だから私はこの会社を起業したんです。

我慢するのはやめて幸せの為に変化しよう

ソウルウェア代表の吉田氏はリモートワークを主体とし、18時には仕事を切り上げて奥様をサポートするために家事や育児なども積極的にこなしているそうです。こういった新たな仕事や家庭観を持つ男性も増えてきているような気がしますが、谷平さまの実感としてはどう感じることが多いでしょうか?

菅野
菅野
谷平
谷平

若い世代――特に平成生まれは「男だから/女だから」という意識がそこまで強くない人が多いように思いますね。上の世代も、吉田さまのように当たり前に受け入れている人も少なくないんですよ。まだ「昭和の価値観」を引きずっている人たちも実は悪気があるわけではなくて、古いOSをアップデートできていないだけ、という場合も結構あるんです。

新たな価値観を受け入れる人は、どうすれば増えていくと思いますか?

菅野
菅野
谷平
谷平

高度経済成長期は、女性が家事・育児で男性が仕事というシステムが効率的だっただけで、いまは女性も働かないと経済的にもライフスタイルとしても厳しい場合がほとんどですよね。
なのに、なぜか女性は家事・育児負担が変わらないまま働くのが当然のようになっていた。働き方が変わったのだから、家庭も変わらないといけないことに、誰もが薄々気づいてはきています。ただ、変化を受け入れるのは大変だし、特に男性はいまのシステムのほうが楽だと感じる人や変えたくても職場が変わらないとストレスが溜まっている人がいるのも事実でしょう。ただ理解し合うために発信し、議論していくことは大切だと感じます。

それは、家事・育児をしつつ仕事をする現状に不満を持つ女性たちにもいえること、ですね。

菅野
菅野
谷平
谷平

そうなんです! 女性たちも、我慢せずに声をあげるべきなんです。パートナーへの不満を抱える多くの人が、何も言わずに察してもらおうとするか諦めているケースの多いこと。気持ちは分かりますが、身近にいても所詮は他人なので、理解してもらうためには自分も努力しないといけないんですね。きちんと話し合ったらすんなり解決したというケースは、驚くほど多いです。

たとえ収入や労働時間に差があっても、家庭労働を多く担っていることにもし納得感がないのであればきちんと家族の将来のために話し合うべきでしょう。
私も、はじめは夫と喧嘩ばかりでしたが、それでも諦めずに話し合いを続けました。いまでは、夫自身が率先して仕事を早く切りあげ、家事や育児に取り組んでくれるようになりました。良い意味で、以前の生活とは雲泥の差がありますね。

言い合いになるのが恐い、あるいは面倒だと思ってしまう人も多そうです。
パートナーに自分の本音を伝えるための、コツのようなものはありますか?

菅野
菅野
谷平
谷平

これは、仕事と同じだと思うのですが、家族にとってのメリットを伝えたり、事実と感情をいったん切り離して論理的に話したほうが伝わりやすいのと、例えば家庭タスクと負担を可視化したり、なるべく細かく具体的にお願いすること、できれば裁量権をもたせ途中で口を出さない・自分のやり方を押し付けない、できた部分を褒めてやりがいを持ってもらうこと、などだと思っています。
そして、話し合いをするときは、パートナーを責めるのではなく文化や社会に問題があることを前提として、自分の罪悪感を捨てて腹を割って話すこと、だと思いますよ。

女性としての今後の働き方など、私自身、これまで捉われていた窮屈な常識を壊していただけた、嬉しい驚きのあるインタビューでした。
最後に、谷平さまと貴社の、今後の展望を教えてください。

菅野
菅野
谷平
谷平

いずれは仕事において性差ではなく、個人差で語られるのが当たり前の社会、様々な立場の人たちが、当たり前に企業に貢献できる社会になるといいなと思っています。そのために、弊社自身も実験台として模索を続けていますし、今後もできることから少しずつ活動の幅を広げていきます。

事業や従業員体制から「子育て中の女性に優しい」企業かと思いきや、「日本の悩めるすべての人」への熱い想いと冷静な視線、そして圧倒的な先進性を持つ企業でした。谷平さまの素晴らしい行動力に、自分自身も何かポジティブなアクションを起こしたいと思えるインタビューでした。
株式会社ルバートの、今後の活躍に注目です。

「何かを成し遂げる」必要なんてない。ソウルウェア流、令和時代の幸福な働き方

ソウルウェア代表 吉田 超夫(ヨシダ ノリオ)氏

株式会社ソウルウェアでは、「リモートワーク」「『福業』の許可」「オフィスを持たない」など、さまざまな「新しい働き方」を導入しています。
本記事では、代表・吉田超夫氏へのインタビューを通じ、ソウルウェアという会社に込めた想いと、吉田氏が考える「令和時代の働き方」についてお聞きしました。

―勤怠管理・交通費精算クラウド「kincone」(キンコン)の開発・提供など、ITの分野で大きく成長を遂げているソウルウェアですが、どのような経緯で立ち上げられたのでしょうか?

吉田:私はEC(電子商取引)業界のある企業に勤めていたのですが、働き方が合わず一年足らずで退職したんです。
そのときの後輩にあたるNが、のちにサイボウズ株式会社「kintone」(キントーン※1)の営業担当になったんですね。
それで、世に出たばかりだった「kintone」の新規ユーザー向けに、開発エンジニアを探していたそうで。私に声をかけてくれたんです。
「kintone」の受託開発がきっかけで、そこから「kincone」(※2)のような、シンプルで使いやすく、業務の無駄を削減することに重点を置いたサービスの独自開発を行うようになったんです。

私は父親の会社が倒産したこともあって、起業に積極的だったわけではないんです。
でも、転職を繰り返したことで会社勤めが合わないかもと思っていましたし、身体を壊すような辛い仕事も多かったので、とにかく環境を変えたいという気持ちが大きかったです。 だから、経営者のイメージにあるような、ガツガツ稼いだり、注目されたり、業界を変えたい!というような前のめりな思考は、起業以来ずっとないですね。

※1:サイボウズ株式会社が提供する、各企業が自社業務に合わせたシステムを簡単に作成できるクラウドサービス。
※2:株式会社ソウルウェアが提供する勤怠管理・交通費精算クラウド。

―さまざまな「自由な働き方」を導入していますが、創業時からそのようなスタイルでしたか?

吉田:実は、当時はそんな余裕はなかったというのが正直なところです。
「kintone」の受託開発は弊社ともう一社ほどしか請け負える実績がなかったこともあり、仕事は無限にあったんです。
特に、「kintone」のようなユーザビリティが高いものは、その分開発者に求められることが多いエンジニア泣かせなサービスでしたし(笑)。だから、休日出勤や泊まり込みで働くこともあったんです。今では考えられないですが。
ただ、社員にとって働きやすい会社にしたいというのはずっと考えていて、必ず実現させたいと思っていたことです。

―では、どのようなきっかけから、現在のような働き方になったのでしょうか。

吉田:一緒に働いている社員から要望や相談を受け、必要な変化だと感じたからですね。ソウルウェアでは、「人」の想い――いわば、「魂」と呼べるものを、大切したいと思っているんです。
また、私自身がルールにこだわる人間ではないんです。要望や相談が理に適っていて解決可能ならば、どんなことでも試してみたいと思っています。

―その「『魂』を大切にしたい」という想いが、社名の由来だったりしますか?

吉田:社名の「ソウルウェア」は、ピープルウェア』(※3)という書籍が直接の由来なんですけど。
そこには(テクニカルな要因をのぞいて)システム開発の成功はプロジェクトメンバーやユーザーなどの『人』にかかっている」と書かれていて。すごく共感したんですね。
そのうえで、私はその「人」の中の想い――「魂」が重要だと感じたんです。
「良いものを作るために『魂』を込めて、仕事に取り組む『人』は世の中にどのくらいいるんだろう?」と思うんですよ。良いものであろうとなかろうと、エンジニアの仕事は「システムを作ること」じゃないですか。
それでも、ソウルウェアでは企業側の工夫や努力によって、より多くの「人」が「『魂』を込めて良いものを作りたいと思えるようにしたいと思ったんです。

※3『ピープルウェア Peopleware: Productive Projects and Teams 』 著:トム・デマルコ、ティモシー・リスター

―熱い想いですね。企業ミッションでも、「魂のあるIT技術で社会に魂を取り戻す」を挙げていらっしゃいましたね。

吉田:実は、以前は「ITに魂を」というコピーだったんです。
現在のものにしたのは、近しい関係にあるIT企業が『楽しいは正義』『まとまると強い』『GO GLOBAL』などのコピーを打ち出したのがきっかけです。もちろん、それぞれ素晴らしいものだとは思うんですが。
でも、「事業を拡大させ、日本社会や世界に貢献する」というような耳ざわりのよいものは、私が思う企業のミッションとは、大きく乖離していたんです。

―どのような点で、ほかのIT企業が目指すミッションとの違いを感じましたか?

吉田:ソウルウェアは、起業当時から上場や大幅な拡大を目指していません。売上増より十分な利益の確保を優先しているんです。

たとえば、事業を拡大させるためさまざまな企業にアプローチするのは、一般的には推奨されると思います。でも、私はそうは思いません。 成功して売上が増えたとしても、社員にかかった労力を考慮するなら、その利益は高くないことが多いと思うからです。まして、生活や自身の幸せを犠牲にして、仕事に取り組んでいるなら、もってのほかです。

多くの人は、「何かを成し遂げねばならない」という圧力に流されて、本当に重要なものをないがしろにしてしまうように思うんです。「魂」を込めるどころか「魂」を削ってまで、本当に「何かを成し遂げねばならない」のでしょうか?
「社会」と聞くと、日本社会や世界といった抽象的なものを思い浮かべる人が多いかもしれません。でも、本当に重要な社会は、友人や家族、そして何より自分自身というような「目の届く範囲」にあるものだと思うのです。
抽象的な社会や会社に身を捧げることを、無意識に強いるような「企業ファースト」なミッションは、避けたいと思ったんです。

―IT業界以外でも、「企業ファースト」な理念を掲げている企業は多いですよね。吉田さんのような考え方が、もっと浸透してほしいと思う人たちは多いと思います。 企業側の受け取り方は、また違うかもしれませんが……。

吉田:やっぱり、周りにはあまり刺さらなかったみたいです。でも、海外ではこういう考えの会社も多いんですよ。たとえば、BASECAMP (※4)という会社は「Calm(穏やかさ)」を企業理念にして、成功していますよね。
知名度を上げることや事業を拡大することが、企業にとって最優先の課題であるとは思いません。『ピープルウェア』にあるように「人」が企業にとって重要であるなら、企業も「人」のことを尊重すべきだと思うのです。

※4:WEBアプリケーション開発フレームワーク『Ruby on Rails』を生み出した企業

”福業”座談会〜名嘉あづさ×林先生×ノンビン〜vol.2

前回は、なぜ福業を始めることになったのか?福業を息抜きや趣味だけで終わらせず、「会社」として動かしている理由は?などをお話してもらいました。
今回は福業って実際ハード?本業からどうやって理解を得たの?など、より気になる部分を本音トーク!
3名のゲスト紹介と、vol.1の様子はこちら。

ライスワークは辛い?福業なら幸せ?

名嘉
名嘉

私はずっと疑問に感じていることがあるんですが、ライスワーク(所謂、生活のための仕事)と福業(ライフワーク)は分かれるものでしょうか?
ライスワークがあるから、福業できるのか?福業だけで生きていけないのかな?と思うんですが。

こんなこと言っていいのかな(笑)僕は、生きてるというか「生かしてもらってる」って思ってて。
そもそも今ジョイゾーで、かつて自分が衝撃を受けたkintoneの開発に携われていて、しかも新潟に家族と暮らしながらリモートワークでそれができていて。だからエンジニアとしてもすごく楽しい、”福業”だと思っているんです。楽しいことが仕事になっているから。
ただ、SIの会社なので缶蹴りは仕事にできないから(笑)ノンビンビーンをやっている。

ノンビン
ノンビン

ジョイゾーの給料は奥さんだけが知る口座に入るので、実は僕は自分の給料を知らないんです。お小遣いの上限でしか、わからない(笑)
自分は楽しく働いてるだけで、お金は家族がうまくやりくりしてくれていて。だから生きるために働いてるっていうのと自分は結びつかないですね。

名嘉
名嘉

そっか。ジョイゾーではできないことをノンビンビーンでやってる。いろんなところで場を持つというか、軸ごとの顔を持つと思えばいいんですね。
ライスワークと表現すると、生きるためにやるような感じになってしまうけど。

結果的には、生きる為には働かないといけないんでライスワークみたいな要素もあるのかもしれないけど。

私も、大塚商会の業務も、はやし総合支援事務所の業務も、ライスワークだと意識はしていない。どんな仕事にも楽しさはあると思うんです。それを見出せないと「生きるために働いてる」だけになってしまう。
例えば、社労士の書類作成って普通に考えたら楽しくないんだけど(笑)うちの場合はクラウド事務所なので書類も電子。今まで紙だったものを、電子化するにはどうするのか?って仕組みを考えるフェーズをみんな楽しんでやっています。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

なるほど。どんな仕事も、今自分は何が楽しくてやっているのか?と刻み込むように見ていく必要がありますね。
楽しいを見つけるアンテナはどうやって磨けるんですか?

どうせ同じ時間を過ごすなら楽しい方がいいな、とは常に思ってますけどね〜

林先生
林先生

2つの視点を持っていて。
誰もやってないものを見つけたい、という視点と
日々を過ごす中で「過去に戻れたらどうする?」とは考えない視点。今に100%を注いでいく。

ノンビン
ノンビン
名嘉
名嘉

常に今に全力なんですね。

ハードワークはどう乗り切る?

名嘉
名嘉

とはいえ、いくら楽しいとか好きなことでも、実際ハードワークなのでは?と思うんですが。
私自身、今いろんなやりたいこともあってどんどん手をあげて参加してたらスケジュールがパンパンになってしまっていて(笑)

(二人同時)
言われてみれば確かにハードかも・・・?(笑)

でも僕は、営業時間を設けたんです。
平日昼間はジョイゾーで仕事する。
一度家族とご飯を食べたり、お風呂に子どもを入れたり寝かしつけをして、その後の21:00〜2:00までがノンビンビーンの時間。プラス土日は、イベントがあれば時間を使ったりなど。
ノンビンビーンでは、「平日の昼間に働かない社長になろう」と思ったんです。

ノンビン
ノンビン

僕は朝5:00に起きて、大塚商会での始業開始までは自分の仕事の時間。
量やスケジュールで判断するとハードになるかもしれないけど、モチベーションは辛くないんですけね。

林先生
林先生

辛くはないけど、たまに気づくと寝てる時はありますよ(笑)そんな時は「もう今日はやめよ」と思ってやめる時もあります。

ノンビン
ノンビン

月に一回夫婦で温泉旅行にいくんですけど、宿の部屋で思わずパソコンで自分の仕事しちゃう時もあったり。奥さんも税理士の勉強してたりして(笑)

林先生
林先生
名嘉
名嘉

え〜!それが私はまだ出来なくて。以前、ハワイ旅行にプライベートで行った時に仕事のSlack通知が止まらなくて、気になって遊びの合間に確認する、みたいなことがあったんです。ハワイに遊びに行ったはずなのに、すごい疲れて帰った思い出があります(笑)

マルチワークやる上で絶対必要なスキルとしては、「〜〜しながら〜〜する」みたいなことができるようになることですかね。1つのことだけに集中しないとできない!という状態だと、こういう生活は難しいかも。
でもそれってすごい難しいことではなくて、テレビ見ながらご飯食べてるような感じで、実はみんなできることだと思うんです。

ノンビン
ノンビン

ある日突然できる、というより、自然に身についていくことなのでまずはやってみるのがいいかもしれません。

林先生
林先生

本業と福業の付き合い方。リモートワークや自由な就業は絶対必要か?

名嘉
名嘉

限られた時間の中で両立していくためには本業である程度自由に働ける、柔軟に時間をコントロールできるというのが条件かなと思うんですが。
その中でもリモートワークは条件として重要ですか?

僕は本業の大塚商会での時間は、基本的に自分の仕事は出来ません。
でも、はやし総合支援事務所のお客さん対応もある、やらなくてはいけない処理もある、と必要に迫られて自分の会社の方をどこにいても仕事ができるような「クラウド型の事務所にした」という感じですかね。

林先生
林先生

ジョイゾーは自由度が高いですね。でもこうやって僕がノンビンビーンを自由に出来ているのって、ジョイゾー側の理解と覚悟があって。というのも従業員を縛ることなく働かせてくれるってある意味絶対の信頼だと思うんです。

ノンビン
ノンビン

リモートワークって働く人にメリットがあるような言われ方をよく見かけるんですけど、実際は管理側のメリットも大きいんじゃないかと思っていて。例えば今まで10人の仕事をつきっきりでチェックしていた時間が削減できるとか。
そのメリットを理解してリモートを導入してくれる人は、アウトプットのチェックポイントをきちんと設けて、作る過程までは細かく見ないし、しの分離れたところからのコミュニケーションもきちんと取ってくれる。

林先生ははやし総合支援事務所で、管理者としてそれをやってる訳じゃないですか。
相当な覚悟と理解を持って、クラウド型の事務所という形を作られてるんだなぁと思いますね。

ノンビン
ノンビン
名嘉
名嘉

リモートワークって両輪があって、働く側も管理側も双方に覚悟や目的があるんですね。

そんな中で、本職によっては、どうしても会社が変わってくれないと福業出来ない人もいっぱいいるだろうなと思うんですが。

僕なんかは、本職の大塚商会はかなりやりづらい方だと思います(笑)
でもバス停を1ミリずつ動かしていくような、地道な努力を重ねて。
自然と「そういえば林さんこれ詳しいですよね?」ってみんなが声かけてくれるようになって。

林先生
林先生

副業するとその瞬間、絶対自分にしかわからない世界が出来上がるんです、周りの人からは見えない・わからない世界が。知られていないことは、評価もしてもらえないし。
始めた当初は孤独に感じるかもしれない。
でも徐々に人間て慣れるんで(笑)最初は、例えば「福業のために週に1日休みもらいます」と言い出した自分に驚いていた周りも、だんだんそれが当たり前になっていくし。

名嘉
名嘉

”会社を変える”と言うと、上司の説得や、会社自体の制度を変えるような、すごく大変なことを想像してしまいがちですけど。まずは小さなことから始めていつの間にか圧倒的な存在になっているのがいいのかもしれない。社内のポジションで兼業(福業)してみるとか。
だんだん、会社にも福業によって利益がもたらされるようになるとか。

僕も大塚商会の中ではエンジニアなのに、社労士業務の相談されたりします。そう言う時は「別料金だよ?(笑)」みたいな。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

あはは(笑)でもそれ大事だと思っていて。全部イエスと言って便利屋みたいになると違うかなと。そうやって自分を確立していくというか。

”働き方改革”って今たくさん言われてますけど、歪んだ伝わり方をしているなと思っていて。
ただリモートワークすればいいとか、そういう話じゃないと思うんですよ。
「リモートワークができるからこの会社に入ろう!」となるのは、本当は違う。どんな会社でも働き方の選択肢がたくさんある状態が本当は働き方改革なんじゃないかなって。

ノンビン
ノンビン

自分がやりたいことが実現できる、魅力的な会社に入った時に「あなたはどんな働き方がいいですか?9ー17時がいいですか?リモートがいいですか?お給料がいっぱい欲しいから残業プランがいいですか?」みたいな(笑)
人によって合ってる働き方は違うから。選択肢が多い会社という意味ではジョイゾーは比較的多いかもしれないですね。

名嘉
名嘉

いいですね。選択肢が多いと、結局選ぶ方も自分の働き方についてよく考えるようになりますよね。自分で考える時間が増える。

なぜその生き方を選択したのか?

名嘉
名嘉

お二人は、今の考え方や働き方になった転機は何かあるんですか?

僕は小さい頃から嫌われ者だったんです。
落ち着きがなくて、周りがハラハラびっくりしちゃうような。よく怒られてたから、大人になるにつれて人に怒られないようにすごく顔色を伺うようになっていて。

ノンビン
ノンビン

社会人になっても、周りの顔色を伺いながらたくさん働いて、残業して。ある日、無茶な注文を受けた取引先で「星野くんは出世するよ!」と褒められたんです。その時に、「俺はあと40年先までこうやって生きてかなきゃいけないのか?」と思った。
それからですね、どうせ嫌われるなら、顔色伺って自分に無理してストレスためるより、好きなことやって怒られて嫌われる方がいいんじゃないかって。
好き勝手するには、やることやってそれなりに結果出さなきゃいけない。そう思ったら色々頑張れるようになったし、自分が楽しいことやっていきたいと思いました。

名嘉
名嘉

「右向け右」からいかに外れるかってすごく大事。勇気を出して自分の好きなことをやる道に進むというか。

私の場合は、大学を卒業してからずーっと大塚商会で働いてます。15年くらい。
でも在籍していながらも、「企業で働く」って全然自分に合っていないような気がしていて(笑)学生の頃からあんまりそういうビジョンもなくて、とりあえず社会に出て働いてみるか、というくらいで入ってそのまま今も働けているというか。
電車乗ってみんな同じことして、すごくない?って思ってたんですよね。
人生一度きりだから、自分が好きなことやりたいってそもそも思ってたタイプなのかもしれないですね。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

すごい。私自身は前の会社で風土改革とかをやるようになって色んな働き方を知ったのをきっかけに疑問を持ち始めて。30才くらいで疑問を持ったんです。当たり前を疑うというか。

ふと思ったんですけど、それならなぜ、林さんはずっと本業の大塚商会で働き続けているんでしょうか?

そうなんですよ、確かに。色んな人から言われたりします(笑)
正直、収入面では困ってはいないんです、本業がなくなったとしても十分に福業の方で食べていけるくらい事業として成長しているので。
でも大塚商会での仕事も楽しいんです。もはやエンジニア業務だけじゃなくて、イベントで登壇したり新規事業立ち上げたり色んなことやらせてもらっているので。
他にこんな風に社内で働いてる人いないんです。いないから、辞められていないのもあるんです(笑)


まぁあとは相乗効果も生まれていますね。大塚のお客さんが私の顧問先になっていたり。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

看板を借り合ったりしている感じなんですね。企業と個人の新しい形ですね。

これから”福業”を始めたい人へ。

名嘉
名嘉

では最後に。「福業したい、やりたいけど行動出来ない」という人の背中を押して欲しいと思います。
正直、今日のお話を聞いていても、最低限の収入の確保、会社や家族の理解など踏むステップが多くハードルが高いなぁとも感じるのですが。

うーん、ハードルが高いかぁ。
何かすごいことを想像しちゃってるのかなって僕は思います。あまりにもハイスコアな目標を考えているのでは?僕はドラム缶を売ってるだけなんです(笑)
会社作って従業員雇って・・・なんて考えなくていいと思います。自分がやりたいことを整理して、チェックポイントを作り、その最初の1つから取り組めば。どんな小さなことでもいいんです。
家族や会社の理解も最初からはいらないんです、やってるうちに必要なフェーズが出てくる。

ノンビン
ノンビン

まずは一歩踏み出そう、なんですけど、準備せずにいきなり一歩を踏み出したわけじゃない。1つ1つ整えていけば絶対に現状は変わります。逆に言えば100個も200個も課題があるわけじゃない。1年は365日あるから1日1個クリアするだけでかなり世界が変わると思いますよ。

林先生
林先生

福業によって少しずつ、自分らしい生き方や幸せへの道を見つけた3名。
”複数の顔を持つって大変そう。やってみたいけど自分には無理。”
そう感じている方の背中をそっと押してくれる座談会になりました。
自分らしい働き方は、たくさんあります。あくまでその中の1つの選択肢として、”福業”について理解を深めてみてもいいのかもしれません。
”福業”を実践する3名をもっと知りたい方はこちら。

各インタビュー記事

【名嘉あづさ氏「大企業を辞めてスタートアップを選んだ理由」】
【コミュニティマネージャー】大企業を辞めてスタートアップを選んだ理由|名嘉あ…

【林雄次 氏の資格取得インタビュー&「脱Excel」ITメディア寄稿】
はやし総合支援事務所|ファンを増やすインタビュー【Fanterview】

3ステップで「脱Excel」誰でもマネできるkintone活用術〜業務アプリを最短距離で作…

【東京都社会保険労務士会(林雄次 プロフィール)】
会員情報 | 東京都社会保険労務士会

【星野智久(ノンビン)氏  note ノンビンビーンができるまでの記録】
note ――つくる、つながる、とどける。

【各インタビュー記事】
熱い漢。新潟のkintoneエバンジェリスト紹介

kintoneを誰でも簡単に使えるようにhackする ジョイゾー星野智久氏がフィールド入…

”福業”座談会〜名嘉あづさ×林先生×ノンビン〜vol.1〜

ソウルウェアが提唱する”福業”(=収入や利益先行の仕事ではなく自分の幸福の為にしている仕事。)
これを実践している3名のゲストに、なぜ福業を始めたのか?どうやって両立しているのか?始める為に必要なこととは?など、みんなが気になるアレコレを本音で語っていただきました。

ゲスト紹介

ファシリテーター 名嘉あづさ 株式会社MOVEDコミュニティマネージャー・ワークショップファシリテーターとしてイベント企画・運営、ブログのライティング等を行う。新卒で自動車関連部品メーカーに就職、サービス企画やダイバーシティ推進業務に従事し、退職。
趣味のアウトドアが高じて自宅をログハウスに。夫婦のアウトドアライフを
YoutubeInstagram にて情報発信中。
SE×社労士 林 雄次大塚商会株式会社にてシステムエンジニアとして15年以上の勤務経験がありながら、自社「はやし総合支援事務所」で【ITに強い社労士】として企業の働き方改革をワンストップでサポート。また、エンジニアの経験を生かしkintoneを活用した業務改善コンサルタントとして、中小企業から大企業まで、多くの顧客企業で業務改善の相談役も担っている。社労士・行政書士といった専門的資格を複数保持。
SE×合同会社ノンビンビーン 星野 智久新潟県に住みながら、kintoneにフルコミットしている東京の企業「株式会社ジョイゾー」に在籍し、フルリモートワークという新しい働き方でkintone開発を実践する。最近では働き方を生かして、ドバイでリゾートワークなども実践した。
また、福業として「合同会社ノンビンビーン」を設立し、本業でできたゆとり部分で、仲間とやりたいことをビジネス化することを行なっている。

”福業”が形になるまでの軌跡。

名嘉
名嘉

本日はよろしくお願いいたします!
私は今、株式会社MOVEDでワークショップファシリテーターとコミュニティーマネージャーをしています。その他ライターをしたり、Youtube配信を始めたりと、色々手を広げていて、どうやったら毎日楽しく仕事ができるか模索しているところです。

これまではもともと新卒で入った会社で10年くらい働いていました。新しい働き方にチャレンジしたくて今のスタイルに転向したんですが、まだまだ迷いも多く・・・。今日は自分も勉強する気持ちで進行していきたいと思います!

それではさっそく、福業を始めたきっかけを教えてください。

単なる「違うフィールドで働きたいから」「お金を稼ぎたいから」ではなく、幸せの”福”がつく福業を選んだのはなぜなんでしょうか?

私の場合はまだ”福業”になれてるかわからないんですが。

本業は大塚商会でSEをしています。会社内で色々な研修を行ううちに、もっと役立てるためにエンジニア系の資格からビジネスに関わる資格、宅建や社会保険労務士など様々な資格を取り始めていたんです。

ある日、奥さんが会社を辞めたいと言い出した。賛成はしたものの、いざ辞めるとなると家庭の収入に対して身構えるところがありました。そこで、取ったものの活用していなかった資格を使って、自分の活動範囲を広げて行ったんです。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

なるほど、じゃあ最初は単純に食いぶちを広げるための所謂「副業」からスタートだったんですね。

そうですね。
本業のエンジニアとして関わるお客さんと、業務関連のシステム開発に携わりながらITコンサルティングや社労士としてアドバイスするうちに今の形になりました。

今は奥さんも社労士を目指して勉強中です。ゆくゆくは林家で企業の様々な課題をトータルに解決できるようになりたいですね。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

私も将来的には夫婦で仕事がしたいと思って頑張っているので、この後もっと詳しく話が聞きたいですね。

ノンビンさんは何がきっかけで合同会社ノンビンビーンを設立されたんですか?

好奇心や疑問からですかね。
どうでもいいことかもしれないけど、ふと”缶蹴り”って、小さい頃遊んでいたのに大人になるにつれてしなくなったなーって思ったんです。なぜしなくなったのか?と考えたら、ビジネスにならないからかなって。
でも本当に缶蹴りってビジネスにならないの?それを本気でやろうとした人が今までいなかっただけなんじゃないの?って思ったのがきっかけです。

ノンビン
ノンビン

例えば<髪を触るのが好きだから美容師になる>とした場合、そもそも美容師という仕事を知っているから、その選択肢になる。目指す先が見えるから、それが好きになるんだと思うんです。
でも「好きなことからビジネスを作る」ということができたら面白いんじゃないかと思ったんですよね。

ただ、普段はジョイゾーでSEとしてシステム開発をして働いているので、どうやってやればいいのかなーとモヤモヤ悩んでた。
そしたら、ジョイゾーの琴絵さん(代表取締役の奥様でジョイゾーでも勤務)がある日急に、ジョイゾーで働きながら釧路に会社を立ち上げることにしたと言い出したんです。「え、それできるの?」という感じで(笑)

誰もやってないことをビジネス化する会社をやりたいな、と改めてその時に思ったし、すごくそれは勇気になった。

名嘉
名嘉

すごい!代表の奥様がそういうことを率先してやってくれるって、一番やりやすいですね。
それに賛同する仲間がいて、すぐにノンビンビーンが設立されたわけですね。

はい。友達とか、かつての仕事仲間とか。みんなそれぞれ、ちゃんと本業があって。その時はマルチな意味の「複業」に近かったかもしれない。本業と、違うことがやってみたかったという感じで。

ノンビン
ノンビン
名嘉
名嘉

なるほど。
例えば缶蹴りのアイディアが浮かんだのは何かきっかけがあったんですか?

お風呂の中です。いつもアイディアが浮かぶのはお風呂。子どもを洗って先に出して、一人になった時に。鬼ごっこやかくれんぼは芸能人が実際の街中でやるテレビ番組があるように、ビジネスになってるじゃないですか。でもなんで缶蹴りは難しいんだ?というところから。今まで見えてる価値を、違う角度からみてみると発見がある。

ノンビン
ノンビン
名嘉
名嘉

そこからドラム缶に至るわけですね。

そうです。最初は、ドラム缶でピザ窯を作って海外でレンタルしたくて。まだ誰もそういうビジネスをやってないなと思ったので。

そしたらメンバーが「ドラム缶ならお風呂の方がよくない?」と言って。それだ!となって、利益なんて出なくてもいいからとりあえずやってみよう、とサービス化してリリースして、始めて二日後に注文が。海外ではなくて国内からの注文だったけど(笑)

ドラム缶でお風呂沸かすの楽しい!だけで始まったものがイベントを開催して広めていったら注文がきた。最初は驚きましたね。

ノンビン
ノンビン

構えてないと最初に来た注文って驚くよね(笑)

林先生
林先生
名嘉
名嘉

あはは(笑)
でも、一応「ノンビンビーン」は合同会社ですよね。

”会社”という形をとると、私のイメージはやはり利益優先というか。利益を出せって言われてしまうイメージなんですが、赤字でもいいからやってみようと思えるパワーはどこから来るんでしょう?

うちの場合はさっきも言ったように、メンバーが全員本職を持っています。本業でしっかり昼間は働いていて、食べていけてるからこそ「楽しいことに投資しよう」と思ってる。

だから、面白くないと思うことは逆に絶対やらないんです。実験場が作りたかったんですよね。

ノンビン
ノンビン
名嘉
名嘉

なるほど〜。”楽しい”という気持ちだけである種成り立ってるんですね。

でも最近はオンラインコミュニテイなど、会社という組織にしなくても楽しいことをしようよっていう場所は増えてますよね。利益なしに楽しいことを実現しようという場所は他にもある気がしますが。逆にわざわざ「会社」という形をとったのはなぜなんですか?

「覚悟」ですかね。ビジネスにするということは、3年後でも5年後でもいいから、いつかは利益が出るように考える。本当に”遊び”だけじゃなくて。そうすると、本気で考えるようになるじゃないですか。

ノンビン
ノンビン
名嘉
名嘉

うんうん。例えばオンラインコミュニティのような場所が本気ではない、というわけじゃないけど、正直嫌だったら抜ければいいだけの世界。でもノンビンさんは自分たちの会社にすることによって「本気の遊び」にしたわけですね。

「利益度外視で」という点では、林先生のはやし総合支援事務所はどうですか?

度外視している訳では無いですけど、短期的な活動1つ1つが利益としてプラスになっていなくてもいいかなとは思っています。採算が多少合わないかなと思っても、面白そうな話をいただいたらやってみる。
チャレンジしないとそのさきにあるものは得られないですからね。なんでもかんでも引き受けてやっている中で、もちろん失敗もあるけど、また次の話をもらえることにも繋がっている。

一方で、自分の会社の宣伝費など、ケチらずに投資するべきところは時間もお金も使っています。

林先生
林先生

ブランディングとか広報に矛先が向かってるんですね。

ノンビン
ノンビン

プロモーション活動への先行投資って、企業に属しているとなかなか自分でできないけど、自分の会社ならそれができるじゃないですか。

大塚商会の中だと「SE」という職種に縛られてしまうんだけど、その枠をとれば「林雄次」個人で勝負できる。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

思ったんですけど、そもそもなんでこんなに資格持ってるんですか?(笑)

20〜30個あるんですけど(笑)国家資格など取得が難しい資格の保持者としては国内有数かもしれないですね。

大学生の時は社会福祉を専攻していて、人の役に立てる仕事がしたかった。でも当時、大卒で選ぶには収入も労働時間の過酷さも、社会福祉士は選びづらかった。
それで、パソコンが得意だったこともあり、IT経由で人の役に立とうと思ってエンジニアになったんです。最初はIT関係の資格から始めて。取り尽くしてしまった(笑)

林先生
林先生

(林先生の保持資格を見ながら)だって、システム監査とかありますよ(笑)

ノンビン
ノンビン

そうそう(笑)
それでも、見境なく取ってる訳ではなくて。
人の役に立つ時に、使える資格に裾野を広げて社会保険労務士などを取ったんです。

自分が眺めてニヤニヤするだけでは嫌で、人の役に立てるようにっていうのは根底にありますね。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

それで、林先生というプラットフォームができたんですね(笑)

せっかく持っている資格も、持っているだけでは勿体無い。
それで先に話したように、家の事情もあってSEの仕事をしながら客先で相談を受けたりしているうちにどんどん広がっていったんですね。

ITのわかる社労士さんって意外といなくて。士業って紙ベースのイメージあるじゃないですか。それとITが結びつかないというか。でも、ニーズは結構あって声かけてもらうことも多くなった。「IT×士業」の掛け合わせがウケたんです。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

狙った訳ではないけど、結果的にニーズがあったという感じですね。

会社としての”福業”、どうしてる?

名嘉
名嘉

二人とも根本には「失敗してもいいや」というマインドがあるんですかね?

失敗の定義づけだと思っています。
成功や失敗は人につけられるものでは無いですよね。
自分の中で、いかに理想に近づくかの話で。諦めるか、やり続けるのか、切り捨てるかの三択だと思ってるんです。
成功か失敗で考えるから、足が止まる。
そうじゃなくて結果的に何が起きたか、それだけでしかない。

ノンビン
ノンビン

その瞬間のスナップショットでみると、失敗っぽい・成功っぽいとはなるかもしれないけどね。
全部の瞬間が繋がって、結果ってできていくものだから。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

長い目でみるのが大事なのかなって思いました。
そういえば私は、人生100年時代とも言われる世の中のことを考えたときに、前の会社で働き続けることに違和感を感じて、やめたんですよ。新しいことに挑戦したいって。

ある程度大きな会社や組織で考えると、期ごとで結果を出さなきゃいけなくなりますよね。そうすると、そもそもどんな行動も結果ありきになってしまいがち。でもそれって面白く無いなって。結果が見えないのが面白いと思うんだよね。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

そうですね。

また会社の中だと「評価」があるじゃないですか。それでお給料が変わったり、他人から評価の中で生きなきゃいけない。
福業として、「会社」というスタンスをとっているお二人はどうやって「評価」というものを考えていますか?

ノンビンビーンでの評価は、みんながやりたいことをプレゼンし、「面白いか面白く無いか、どれだけ仲間を巻き込めるのか」が基準になっています。

それで貰えるお金に差が出るとかはなくて、その代わり個々のブランディングへの反響が変わる。発起人をノンビンビーンのその時のプロジェクトの表に出して、世の注目を集めることに投資してもらえる。
結果的にその人自体に興味が集まるので、本業でもノンビンビーンでも名前が売れることになります。

ノンビン
ノンビン

僕の場合は資格という武器はたくさんあるけど、武器だけあっても戦い方や守備がないとどうにもならないじゃないですか。日々の付き合いの中で、「今仕事探してるんだけど〜」という友人がいれば「あ、じゃあうちの会社のこの分野で仕事する?」みたいな感じで声をかけて、仲間が集まってできた。それが「はやし総合支援事務所」なんです。
みんなが心地よく、得意分野でのびのび仕事してもらっているので、ノルマとか物差しを与えていません。

林先生
林先生
名嘉
名嘉

なるほど。やっぱり”好きなこと”をしているのが前提にあるから、あくせくしたり、評価の為に無理をしたりみたいな、窮屈さはないんですね。

vol.1はここまで!次回は「ライスワーク」「ライフワーク」の違いや、「福業するために本業の会社から理解を得るには?」「実際ハードワークじゃない?」など、もっともっと本音に迫った話へ、座談会は進んでいきます!
vol.2を読む

生き方のお弁当に、
たくさんの幸せを詰めよう

「お弁当」と聞いてあなたが想像するのはどんなものですか?

家庭によって、容れ物も中身も違うお弁当。
お母さんお父さん、おばあちゃんの手作り。
コンビニで買ったパンやおにぎり、
出来合いのお惣菜詰め合わせ。

その思い出は常に温かいものではなく、
人によっては悲しいものかもしれない。

すごく個人的で、多様。そして正解がないもの。それがお弁当です。

働くということ。

会社勤めの人
職人
命をかけて国や人を守る人
専業主婦(主夫)

給料や内容、楽しさ・やりがいだけでは測れないもの。
そしてやっぱり、
すごく個人的で正解がないところがお弁当と似ています。

友達のお弁当を覗いた時やおかずを交換した時の新しい発見も楽しい。 これは仕事上のアイデアや意見交換とも通じていますね。

みんなで食べるのか、一人で食べるのか。
そのロケーションは?

そういうお弁当の幅広さ・奥深さと
人それぞれ違う「働くこと」
「幸せの捉え方」の気持ちを重ねて、
多種多様な表現ができるメディア、それがエス弁です。

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