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シンガポールでのアート醸成を夢見て。(Sarah Isabelle Tan:フォトアーティスト)

インタビューしたSarah Isabelle Tanさん。彼女が撮影したメイドのナニーさんの写真と一緒に。

合理的・実力主義・学歴社会などのイメージがある経済国シンガポール。ふと「ステータスよりも夢を追いかけ奮闘する若者はいるのだろうか?」と気になったので芸術の分野を中心に探してみることにしました。
見つけたのは若手アーティストの作品展示(写真や映像中心)を積極的に行うギャラリーDECK。そこで、去年学校を卒業したばかりの若者6人によるグループ展が開催されていました。
今回お話を聞かせてくれたのはSarah Isabelle Tan(サラ・イザベル・タン)さん。彼女の作品と今シンガポールのアートについて感じていることを聞いてきました。

カメラを通して、
被写体と自分の関係性を見つめ直すということ。

−サラさんは何故、カメラの道を志したのですか?

サラ
サラ

専門学校でファッションを専攻していました。友人がデザインした洋服の写真を撮り始めたのをきっかけにカメラに興味を持ちました。

写真を媒体にして、自分と被写体との関係性を考えていくことが面白いと感じたんです。

−今は写真を撮ることで生計を立てているんですか?

サラ
サラ

私は自分を”フォトグラファー”ではなく”アーティスト”だと思っています。
でも残念ながら、今はまだアーティストとして自分が撮りたい作品だけで生活するのは難しいことも事実です。

それで、時には商業的な写真を撮ることで収入を得ています。
仕事は全て自分のコネクションを通じて依頼をもらいます。
ギャランティーは予算を提示してもらって、そこから自分のできることと照らし合わせて交渉していきます。

−でもカメラの仕事で暮らしていることには変わりないですよね、素晴らしいですね。
日本では、芸能やアートの分野を目指す若者はアルバイトをして暮らしている人がほとんどです。下積み時代は長く、生活が苦しい人も多くいます。また、それに対して苦労することがある意味で”美徳”のような考え方もあります
シンガポールではどうでしょう?

サラ
サラ

シンガポールにもアルバイトをしている人はいますが、大半は学生ですね。
卒業後はキュレーターや安定した会社に入る人の方が多いと思います。しかし最近はフリーランスも増えてきました。

情熱と生活のバランスを取りたい、とは常に思っています。
私も学生の頃はとても感情的で情熱的に生きてきましたが、大人になるに連れて最低限の安定した生活が送れるようにバランスは取っていたいと思います。

−シンガポールでは家賃が高く、結婚するまでは親元で暮らすのが当たり前だそうですね。そういう背景も、冷静に自分の状況を見極めやりたいことに打ち込む心の余裕などを後押ししているのかもしれません。

Domestic helper、ナニーとの関係性

サラさんが撮影したノスタルジックな雰囲気のナニーさんの写真。

幼い頃のサラさんのアルバム写真や、ナニーさんが撮影したサラさんの写真も並ぶ。

−今回の写真展はサラさんのお家でメイド( Domestic helpersと呼ぶ)として働いているナニーさんをテーマにしているそうですね。
何故そのテーマを選んだのか聞かせてください。

サラ
サラ

ナニーは私が生後3ヶ月の頃から私の家に来て、両親と一緒に私を育ててくれ、家庭のことを手伝ってくれています。今も一緒に住んでいます。

ナニーは今、59歳。
シンガポールへDomestic helperとして出稼ぎに来ている方は、介護などの特別な事情がない限り、60歳を限度として故郷へ帰ることが決まっています。
つまりナニーももう少しで故郷へ帰ってしまうんです。

だからこのタイミングでナニーを題材にした写真を展示することにしました。

今回はナニーを、彼女の故郷のフィリピンで撮影しました。
写真に撮ることで、私とナニーの関係性について改めて考えてみたかったんです。
私にとってナニーとはどんな存在?ナニーにとって私はどんな存在?ということを。

−答えは出ましたか?

サラ
サラ

現段階では、”こうである”という明確な関係性ではとても言い切れない、−−すごく大切な人だ–というのが答えです。
今回のプロジェクトをきっかけに、私の幼い時の写真を持ち出しました。展示にも何枚か飾っています。

まだ幼いサラさんを抱き抱えるナニーさん

サラ
サラ

こうして現在の写真と並べて対比することで私とナニーの絆がよく分かってもらえるんじゃないかと思います。

−ナニーさんは故郷のフィリピンに家族がいるんですよね?

サラ
サラ

はい。ナニーには5人の息子と1人の娘がいます。一番上の息子が2歳の時に、ナニーはシンガポールへ出稼ぎに渡り、うちに来てくれました。
その間、ナニーの子どもたちは旦那さんが面倒を見ていたようです。

一番上の息子さんが大人になってから10年間、日本に住んでいた経験があるそうで、娘(ナニーさんにとっては孫)に「アケミ」という名前を付けたそうです。
私はアケミちゃんの後見人にもなっているんですよ。

−それくらい、サラさんとナニーさんの関係は深いということですね。

ナニーさんの息子は写真のマンゴーの木の下で産まれたのだとエピソードを話すサラさん。

サラ
サラ

ナニーは大きな箱にシンガポールで手に入る様々な物資を詰めて、よく故郷に送っていました。食べ物や私の古着、うちでまだ使えるけど不要になってしまったケトルなど。

そして私にもいつもフィリピンの家族の話を聞かせてくれていました。フィリピンの自然やナニーの家の風景なども。

だからナニーと一緒にフィリピンへ行った時、初めて訪れる場所なのになぜかすごく懐かしい感じがしたんです。

ナニーの家族にも、初めて会った気がしませんでした。
彼らも温かく私を迎え入れてくれて、不思議な感じがすると同時にとても幸せでした。

−お互いにとって、家族の一員のような存在なんですね。


シンガポールでのアートの発展について

−さて、シンガポールでは芸術分野を発展させようと政府も力を入れていると聞きます。どんなことが必要だと、サラさんは考えていますか?

サラ
サラ

まだまだこの国ではアート自体に夢中になっている人や知識のない人がほとんどです。

政府が補助金を出すのはInstagramなどで”写真映え”するような、所謂”商業ツール”になり得るものが中心で、そうでもないアートまではなかなか支援されません。

2年前、シンガポールのナショナルギャラリーで草間弥生さんの大規模な展示がありすごく盛り上がっていました。
しかしフィーチャーされたのは彼女の作品のごく大衆的な部分ばかりで、作品の裏にある彼女の人生の苦労や社会的な背景はあまり取り沙汰されなかったように感じます。

もっとアーティストに対する福利厚生が整ったり、社会派の作品にもスポットが当たるようになればいいと思っています。

今回、私が参加させてもらっているDECK(写真展が開催されたギャラリー)にはすごく感謝しています。学校を卒業したばかりのような私たちにも機会を与えてくれるのですから。

−このようなギャラリーが少しでも増えて、誰もが気軽にアートに触れて学べる機会が当たり前になるといいですね。サラさんの活躍もとても楽しみです!

サラ
サラ

日本は世界に誇れるカメラのブランドがたくさんあり、私も何回か訪れたことがあります。

それから日本の和紙がとても好きで、今回の写真も”アワガミ”という種類の和紙に焼き付けています。優しい風合いが出ました。

いつか日本で写真の仕事ができるように、これからも頑張ります!

コンテナを改装してギャラリーにしているDECK。

このフロアではサラさんを含む3人の若手アーティストの作品が展示されていました。

Sarah Isabelle Tan : Profile Page
Sarah Isabelle Tan

Deck Gallery
DECK

編集者

soulware

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生き方のお弁当に、
たくさんの幸せを詰めよう

「お弁当」と聞いてあなたが想像するのはどんなものですか?

家庭によって、容れ物も中身も違うお弁当。
お母さんお父さん、おばあちゃんの手作り。
コンビニで買ったパンやおにぎり、
出来合いのお惣菜詰め合わせ。

その思い出は常に温かいものではなく、
人によっては悲しいものかもしれない。

すごく個人的で、多様。そして正解がないもの。それがお弁当です。

働くということ。

会社勤めの人
職人
命をかけて国や人を守る人
専業主婦(主夫)

給料や内容、楽しさ・やりがいだけでは測れないもの。
そしてやっぱり、
すごく個人的で正解がないところがお弁当と似ています。

友達のお弁当を覗いた時やおかずを交換した時の新しい発見も楽しい。 これは仕事上のアイデアや意見交換とも通じていますね。

みんなで食べるのか、一人で食べるのか。
そのロケーションは?

そういうお弁当の幅広さ・奥深さと
人それぞれ違う「働くこと」
「幸せの捉え方」の気持ちを重ねて、
多種多様な表現ができるメディア、それがエス弁です。

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